院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ


フレンチレストラン「Hi-To」(ヒートー)


 毎週水曜日は、半ドンである。週休二日が市民権を得て、半ドンという言葉にも懐かしさが漂うご時世であるが、昨今の医療事情、民間の勤務医はなかなか公務員のようにはいかない。その半ドンの貴重な休みを利用して、月に三回程度は妻と二人で食事に行く。熟年デートと言えば少し艶っぽいが、「妻と二人」というところでのトーンダウンは避けられない。他に誘う人もなく、その冒険心もないのだから、この状況は甘受せねばならないだろう。しかし、とかくコミュニケーション不足になりがちな中年夫婦にとって、レストランや喫茶店での昼下がりのひとときは、意外と会話が弾むものである。その水曜デートについて、女性に話すと、皆さん興味を持って「早速、主人に提案してみる。」とおっしゃる方が多い。男性に話すと「家内には内緒にしてくれ。」との返事である。この文章を読んだ女性の方は、おそらくご主人に読ませようとし、男性であれば奥さんの目に触れないようにするはずである。私のこの文章がきっかけとなり、双方の意見の齟齬、生き方の相違が顕著となり、夫婦の溝が深まったりしないことを願うばかりである。
 この水曜デートは、日頃のコミュニケーション不足を補う以外に、当然妻の慰労が大きな目的でもある。「他人(ひと)が作ってくれた料理は、二倍おいしいのよ。後片付けもしなくて済むしー。」と妻はのたまう。「そういうもんかね。」というと、「そういうもんです!」と一喝された。主婦業は意外と大変なのかもしれない。外食をするのには、もうひとつ大きなメリットがあると妻は主張する。食材の組み合わせや味付けの工夫、盛りつけ方が、自身の料理の参考になると言うのである。「そういうもんかね。」という言葉をぐっと飲み込んで、軽く相づちをうつ。その効能・効果については確たる実感がないが、我が家の食卓事情が少しでも好転すればというささやかな願いを込めて、今しばらくは水曜デートを続けるつもりである。四、五年間も続けていると、それなりにお気に入りの店が見つかるもので、今回はその中のひとつ、『Hi-To』(ヒートー)のご紹介。


 フレンチレストラン『Hi-To』は、私が浪人時代を過ごした界隈、懐かしさとほろ苦い感傷がかすかに漂う那覇市泊の一角にある。レストランの外観・内装は瀟洒でエレガントと言うよりは、親しみやすくしっとりと落ち着いている。形から入るフレンチレストランとは一線を画しており、むしろ好ましい。テーブルに座り、本日のランチを書いた黒板をみる。私はスープ付きランチを注文した(一三五〇円)。まずはキッシュ。山芋のキッシュは定番だが、オニオンが加わると味にメリハリがつき生地との食感の違いが心地よい。白ワインならアロマが少し強めのソーヴィニョン・ブランが合いそう。赤なら季節柄ガメイでもいいかも。紅芋のスープは、鮮やかな色とは裏腹に、楚々とした甘みが絶品。メインディッシュは若鶏モモ肉のディアブル。かりっと焼いた皮にマスタード。ハーブとパン粉のトッピングという定石を踏まえながらも、こってりと上品に味が調えられ、ソースがまた素晴らしい。ワインを合わせるなら、やや酸味の強いブルゴーニュのピノノワールで決まりだ。昼間ということもあり、また運転手という大事な役目も仰せつかっているので、ワインとのマリアージュは想像の中だけ。次回はぜひディナーで来てみたいものだ。デザートも手抜きが無く、前菜から始まった至福の時は、コクのあるコーヒーで締めくくられる。妻はスープなしのランチ(一二〇〇円)を注文。サーモンの一夜漬け焼き。これもまた美味であった。いつもならあれこれ分析的に料理を吟味する彼女であるが、今回はただ満喫している。一流のシェフにはやはり才能が必要で、その才能を持ったシェフの料理は、一主婦のまねのできる技倆を遙かに超えており、ならば素直に楽しもうということらしい。皆様もまずは、ランチから。気に入っていただけたら、ディナーへと足をお運び下さい。配偶者との熟年デートなら言うことなし。この不況の折りにもかかわらず、あなたの株も2倍に跳ね上がること間違いなしです。



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